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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)6510号 判決

原告 芝商工信用金庫

事実

原告芝商工信用金庫は請求原因として、原告は昭和三十二年十月十二日、被告東京樹脂ライニング工業株式会社(以下東京樹脂と略称)に対し金三百万円を遅延損害金日歩六銭の約定で貸与し、その後弁済期は順次延期されて、最終的には昭和三十三年四月三十日と決定したが、被告東京樹脂は右期限を過ぎてもその支払をしない。

ところで、原告より被告東京樹脂に対する右融資は、被告東京樹脂が被告十条製紙株式会社(以下十条製紙と略称)から請負つた同被告八代工場の合成樹脂ライニング工事の運転資金に充てるためになされたものであるところ、右融資にあたり、原告は、弁済を確保するため、被告東京樹脂に対し、同被告が十条製紙から将来受領すべき右工事の請負代金の内金三百万円につき直接原告において支払を受けうるよう被告十条製紙の承認を要求する旨の条件を付したため、昭和三十二年十月十一日、原告金庫の係員鳥山継雄と被告東京樹脂の代表者中越吉雄とが同道して十条製紙の経理部会計課長加島孝夫を訪ね、右三者間で協議の結果、被告東京樹脂が原告から借り受ける前記請負工事の運転資金三百万円の弁済確保のため、将来十条製紙が東京樹脂に支払うべき請負代金の内金三百万円を直接原告に支払うこととする旨の口頭による特約が成立し、右直接支払の方法として、東京樹脂より原告に対し、右金三百万円の受領方につき代理委任する形式をとることとなり、翌十二日、東京樹脂の代表者中越吉雄において、同日付被告十条製紙宛「今般御社八代工場樹脂ライニング工事に関し御契約を賜りましたが、右契約完遂に関し、多少の資金が不足いたしますので御社の証明を添え金融援助方芝商工信用金庫に申し出たく、恐縮でありますが別紙委任状に御証明賜りたくお願い申上げます。」と記載した代金御支払に関する証明願の件という書面三通、及び同日付原告を代理人として「十条製紙株式会社八代工場樹脂ライニング工事請負代金の内金三百万円を受領すること」なる旨を記載し、委任者被告東京樹脂代表者中越吉雄、受任者原告金庫代表者高井新之助が記名押印した代理委任状三通を十条製紙に提出したところ、同被告会社は前記の口頭による特約を書面によつて確認する趣旨で、右委任状の末尾に同被告会社の取締役経理部長渋谷健一名義で「右承認いたします」との奥書を付し、その内一通は原告が、他の一通は被告東京樹脂が、残りの一通は被告十条製紙がそれぞれ所持することとなつたものである。右の次第で、原告の被告東京樹脂に対する貸金三百万円は、後日被告十条製紙が被告東京樹脂に支払うべき請負代金の内金三百万円を東京樹脂に支払わないで直接原告に支払うことによつて決済することとする旨の三者間の口頭による特約が昭和三十二年十月十一日に成立し、翌十二日付委任状形式の書面によつて再確認されたので、原告は右特約の成立を信じ、安心して、同日東京樹脂に対し金三百万円を貸与するに至つたものである。従つて右特約は、前記請負代金の内金三百万円につき、被告十条製紙に対し被告東京樹脂への支払を禁ずるとともに、同被告に対してはその受領を禁ずるものである。しかしながら、右はあくまでも債務弁済の方法にすぎないから、被告東京樹脂の原告に対する債務を全く免脱するものではなく、両被告が、原告に対し重畳的に金三百万円の支払義務を負う関係に立つものである。然るに被告十条製紙は約旨に反し、昭和三十三年五月までの間に被告東京樹脂に対して右請負代金の全額を支払い、原告の請求に対し、前記約定に基く金三百万円の支払を拒絶するに至つた。

よつて原告は、被告東京樹脂に対しては、本件貸金三百万円及びこれに対する完済までの遅延損害金、被告十条製紙に対しては、前記特約に基く金三百万円及びこれに対する履行遅滞後の昭和三十三年六月二十九日以降完済までの遅延損害金の各支払を求める、と主張した。

被告東京樹脂は、同被告に対する原告主張の請求原因事実をすべて認める、と述べた。

被告十条製紙は答弁として、原告と被告東京樹脂間の貸借関係は知らない。原告と被告等両名との三者間に原告主張の特約が成立したことは否認する。尤も、被告十条製紙において、昭和三十二年六月、被告東京樹脂に対し、十条製紙八代工場の合成樹脂ライニング工事を請負わせたことがあり、右請負工事完成前の昭和三十二年十月十日に、被告東京樹脂の代表者中越吉雄が右請負工事の運転資金として金三百万円を原告から借り受けるのに必要であるからとのことで、右請負契約存続の証明を求めるため、十条製紙を訪れ、原告主張の委任状を提示したので、その末尾に、原告主張の如く同被告会社の取締役経理部長渋谷健一名義で「右承認いたします」との奥書を付し、それを右中越吉雄に手交したことはあるが、右奥書は、単に被告東京樹脂と被告十条製紙間に前記請負契約が存在することを証明するためになされたに過ぎないものであつて、原告主張のような特約を確認するためになされたものではなく、当時原告及び被告等両名の三者間に前記請負代金中金三百万円については本人たる被告東京樹脂又はその代理人としての原告の何れに支払つてもよいとの諒解程度のものはあつたが、原告主張のような特約は全く存在しなかつたのである。このことは、当初金六百十万円と定められていた請負代金に追加工事分の代金九十万円を加え合計金七百万円が昭和三十三年五月までの間に五回に亘り被告十条製紙より被告東京樹脂に全額支払われているのに対し、原告側においては、その主張によれば、被告東京樹脂との話合によつて貸金の弁済期を度々延期しておきながら、その間十条製紙に対しては、何らその主張の特約に基く請求或いは工事進行状況、請負代金支払状況に関する問合せ等をしなかつたこと、及び原告が正規の金融機関でありながら本件のような場合に債権譲渡、又は債務引受その他確実な弁済確保の手段をとることなく、単なる受領代理の便法に甘んずるということは通常考えられないところであること等からも裏付けることができる。勿論被告十条製紙としては、原告が被告東京樹脂の代理人として請負代金の内金三百万円の支払を求めて来たとしたら、決してその支払を拒むものではなかつたのであるが、前記のとおり別段被告東京樹脂への支払を禁ずる旨の特約はなかつたのであるから、十条製紙としては、請負人たる東京樹脂の請求のままに同被告に前記請負代金の全額を支払つたのであり、その支払によつて被告十条製紙の支払義務は一切消滅しているのであるから、原告の被告十条製紙に対する請求は失当であると、主張して争つた。

理由

先ず、被告東京樹脂に対する原告の請求について判断するのに、同被告に対する原告主張の請求原因事実はすべて同被告の自白するところであつて、右事実によれば、原告の同被告に対する請求はすべて理由ありというべきである。

次に被告十条製紙に対する原告の請求について判断する。同被告は、原告と被告東京樹脂間の金三百万円の貸借関係につき不知を以てこれを争うが、右事実は原告と被告東京樹脂間においては争いのないところであり、右争いのない事実に原告金庫代表者高井新之助、被告東京樹脂代表者中越吉雄各本人尋問の結果を総合すれば、右貸借の事実は被告十条製紙の関係においてもこれを認めるに十分である。

さて、原告から被告東京樹脂に対する本件貸金三百万円の弁済方法として、はたして原告主張のとおりの特約が原告及び被告等両名の三者間に成立したかどうかが本件の主たる争点となつているので、以下この点について判断する。

証拠を総合すれば次の事実を認めることができる。すなわち、昭和三十二年十月五日頃、被告東京樹脂の代表者中越吉雄から原告に対し、同被告が被告十条製紙から請負つた十条製紙八代工場の合成樹脂ライニング工事の運転資金に充てるとのことで金三百万円の借用方申込があつたが、当時原告は、東京樹脂と取引を始めて以来まだ日が浅かつたため、確実な担保の提供を求めたのに対し、相当の担保がないとのことであつたので、やむなく一種の債権確保の手段として、右請負工事の契約代金の内金三百万円を被告東京樹脂が受け取ることなく、注文者たる十条製紙から直接原告宛てに支払つて貰い原告がこれを代理受領するよう原告及び両被告三者間に約束ができれば貸与してもよい旨を申入れたところ、右中越吉雄はこれを諒承し、昭和三十二年十月十一日、原告金庫の係員鳥山継雄と共に十条製紙を訪れ、同被告の意向を確めるため同被告会社の経理部会計課長加島孝夫に会い、右中越代表者から加島会計課長に対し、前記八代工場の請負工事の進捗上、その運転資金が三百万円程度不足するので、原告に金三百万円の借用方申込をしているのであるが、原告側よりその返済方法として原告が代理受領する形で将来十条製紙から東京樹脂に支払われるべき請負代金中金三百万円を直接原告に支払うようにしてくれれば右金三百万円の借用申入に応ずる旨の申出があるので、金三百万円の受領代理委任状を出すからこれを承認して貰いたい旨を申入れたところ、同課長はこれを承諾し、その翌十二日右口約を書面に残すため、中越代表者より原告主張の代金御支払に関する証明願の件と題する書面及び委任状各三通を被告十条製紙に提出したところ、右委任状末尾に同被告会社の取締役経理部長渋谷健一名義で「右承認いたします」との奥書が付され、そのうち一通は原告が、他の一通は東京樹脂が、残りの一通は十条製紙がそれぞれ所持するに至つたこと、鳥山係員、中越代表者及び加島会計課長の前記三者会談の際には「被告東京樹脂には支払わずに原告に支払つてくれ」という意味の言葉は用いられず、唯「原告の方へ直接支払つてくれ」という意味の言葉が用いられたのみであつたが、鳥山係員と中越代表者とはこれを東京樹脂には支払わない趣旨にとり、鳥山係員より「宜しくお願いします」といつた程度で、比較的簡単に話合が終つたため、被告十条製紙から支払われる請負代金の内金三百万円については、必ず原告に支払われなければならないものなのか、すなわち、両被告間で授受してはならないものなのかどうかといつた点については、特に念を押して確認しあうこともなく、原告の代理受領に関する具体的な方法についての細い取りきめもなされなかつたこと、又前記委任状に対する奥書の際、被告十条製紙側から「この委任状にあるのと同じ原告金庫代表者の印章を持つて来るのでなければ代理人に金三百万円は払えないから、とにかく大事にするように」との忠告がなされたため、中越代表者からその言葉を伝え聞いた原告側では十条製紙から金三百万円が支払われるときは、その旨の連絡が同被告から原告に対し当然なされるものと考えていたのに対し、一方、十条製紙側では右金三百万円は、代理人として右委任状に添えて委任状にあるのと同じ印章を持参した者に支払つてもよく本人たる被告東京樹脂に支払つてもよいと考えていたこと、原告は、前記口約に続いて右のとおり奥書された委任状を受け取つたので、ここに原告の意図した特約の成立が確認されたものとして、被告東京樹脂に金三百万円を貸与したこと、前記請負工事は昭和三十二年十二月末頃には完成の予定であつたが、原告は、東京樹脂から度々工事上の手違いでその完成が遅れるため請負代金の支払も遅れる旨の申出を受け、その都度貸金の弁済期を延期して来たものであるところ、被告十条製紙を信用していたということだけで、その間同被告に対し、工事の進行状況、請負代金の支払状況等につき一度も問合せをなさず、昭和三十三年三月下旬に至つて始めて十条製紙に対し問合せをなした次第であり、同年四月末頃東京樹脂からの連絡で、同被告が既に十条製紙から請負代金全額を受領したことを知り、始めて支払請求に赴いたが、被告十条製紙から被告東京樹脂に対して既に全額支払済であるとの理由で支払を拒絶されたこと。

以上のとおり認められるところ、右認定の事実によれば、少なくとも原告と被告東京樹脂間においては、前記請負工事代金の内金三百万円は、同被告が原告から借用する金三百万円の弁済方法として、且つその弁済を確保するため、被告十条製紙から直接原告に支払つて貰うこととし、同被告と被告東京樹脂間ではこれを授受しない旨の特約が成立したものと認めるに妨げない。しかしながら、翻つて原告と被告十条製紙との間においても同旨の特約が成立したものと認めうるかどうかについて考えてみるのに、原告側としては、右と同旨の特約を成立させる意図のもとに代理受領の申込をしたことは明らかであるが、被告十条製紙側としては、唯直接原告の方へ支払つてくれとの申込を受けたにすぎず、両被告間の授受を禁ずる旨の明確な申込を受けたわけではなかつたので、別に被告東京樹脂への支払を禁ずるものではなく、唯原告が被告東京樹脂の代理人として弁済受領に来た場合には原告に支払つてくれといつた程度の申込と解したうえでこれを承諾したものと認められ、たとえ原告側で右特約締結の意思があつたとしても、その意思を受けて被告十条製紙がこれを承諾したものとはいえないから、そこには両者間に意思のそごがみられるので、原告主張のような口頭による特約の成立はこれを肯認するに由ないものといわざるをえない。

次に、前記委任状の奥書の意味が争われているが、それが被告十条製紙主張のように請負契約の存在を証明するためになされたものでないことは、当時既に原告側において、右請負契約の存在を知悉していたものと認められることにより明らかであるけれども、右のとおり、口頭による特約の成立が認められない以上、その特約を書面によつて確認したとの原告の主張も結局無意味に帰せざるをえない。すなわち、前記認定の事実並びに代金御支払に関する証明願の件と題する書面及び委任状の形式、その文言等からみて、右奥書は重ねて原告の代理受領権を認め、将来請負代金の支払時期が来たときに、原告が該委任状及び委任状に押捺されたのと同じ印章を持参して支払請求にくれば、これを原告に支払うことを承認したにすぎないものとみるのが相当である。

そもそも原告は、信用金庫として専門の金融機関なのであるから、若し被告東京樹脂に対する貸金三百万円の弁済を確保し、その支払を受けるための方法として原告主張のような三者間の特約を締結する意図を有していたとするならば、明確に請負代金中金三百万円については両被告間の授受を禁ずる旨の申入をなし、且つ書面にもその趣旨を明らかにしたうえで関係者の承諾を求むべきものであり、それは極めて容易な事柄であつたにもかかわらず、その挙に出ず、いわゆる独り合点でその意思が被告十条製紙に通じたものと思い込み、漫然、原告が意図したとおりの特約が成立したものと軽信し、そのうえ、その後の工事完了予定が次々と延期されてその代金支払も遅れているのに、被告十条製紙を信頼していたということだけで、同被告に工事の進行状況、代金の支払関係等に関する問合せをすることもなく、被告東京樹脂の言のままに貸金の弁済期を重ねて延期していた等の態度は到底軽卒の謗を免れず、前記特約の不成立も、結局は原告側の軽卒に由来するものとして、その責任は原告に帰せられるべきものといわなければならない。

而して、被告十条製紙が、被告東京樹脂に対して、請負代金の全額を既に支払済であることは当事者間に争いのないところであるから、原告はもはや前記代理受領の権限を行使するにも由ない。よつて原告の被告十条製紙に対する本訴請求はその他の点について判断するまでもなく失当というべきである。

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